裁判員裁判と経験則

2013-10-25

いわゆる,千葉大生殺害事件について,今月8日,東京高裁は,裁判員裁判だった第一審千葉地裁の死刑判決を破棄し,被告人に無期懲役を言い渡したとのニュースは,大きく報じられたため,覚えておられる方も多いと思います。裁判員裁判による死刑判決を破棄した2例目だとのことです。

殺人の被害者が一人であるという先例を重視したこの高裁判決に対し,「死刑判決の破棄 裁判員制度の趣旨揺らぐ」などの見出しで高裁判決を批判する新聞社説も目にしました。この高裁判決は,主として量刑が問題となったものですが,裁判員裁判の事実認定が経験則に反しているかについて,10月21日に最高裁の決定が出されましたのでとりあげます。

事案は,営利目的での覚せい剤の輸入に関するものです。非常に大雑把にいうと,運び屋が,国内に持ち込んだスーツケースの中に覚せい剤が入っていることを知っていたか否かという点が争点となったものです(最高裁は,スーツケースの中に違法薬物が収納されていることを被告人が認識していたかどうかということを「知情性」という非常に難しい言葉で表現しています。)。

被告人は,ウガンダ共和国を出発する際に,メイドにスーツケースの購入と衣類等の詰め込みを依頼し,そのまま自分は日本国内に入国するまで中味に手を触れていないなどと弁解し,違法薬物が入っているなど知らなかったと主張していました。

本件では,覚せい剤密輸組織が関与していることは明らかなようですが,第一審判決(裁判員裁判)は,被告人が本件スーツケースを自己の事故の手荷物として持ち込んだという事実から,特別の事情がなければ通常中味を知っているとまで推認することはできない,などと判断し,被告人に無罪を言い渡しました。

これに対して,検察官が控訴し,東京高裁は,(密輸組織が関与している)この種の犯罪において,運搬者が,誰からも何らの委託も受けていないとか,受託物の回収方法について何らの指示も依頼も受けていないということは,現実にはありえない,などと判示し,被告人に懲役10年及び罰金500万円を言い渡しました。

被告人は上告し,これに対して,最高裁は次のように述べ,高裁判決の結論を指示しました。

(この種事案については,特段の事情のない限り)「運搬者は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。」

最高裁の論旨は,おおまかにいうと,次のようなものです。

①本件は密輸組織が関与している。

②密輸組織は多額な利益を得るため,目的地到着後運搬者から確実に覚せい剤を回収できる措置を講ずるはずである。

③運搬者に対して,荷物を引き渡すべき相手や場所を伝えたりするなど,荷物の回収方法について必要な指示をして運搬を委託する方法が,回収の確実性が高いので,密輸組織としては採用しやすい方法である。

④運搬者の知らない間に覚せい剤をその手荷物の中に忍ばせるなどして運搬させる方法は,密輸組織において目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収できるような特別な事情がある場合に限られる。

⑤したがって,この種事案については,上記のような特段の事情のない限り,運搬者は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。

そして,最高裁は,第一審判決(裁判員裁判)は,「この種事案に適用されるべき経験則等の内容を誤認したか,あるいは,抽象的な可能性のみを理由として経験則等に基づく合理的な推認を否定した点において経験則の適用を誤った。」と指摘しました。

刑事訴訟は,民事訴訟と異なり,控訴審は,第一審判決に事後的な審査を加える「事後審」であると考えられています。
そこで,控訴審における事実誤認の審査は,第一審判決が,論理則,経験則等に照らし不合理といえるかどうかという観点から審理すべし,ということになっています(H24.2.13最高裁判決)が,そのような審理方法をとっても,被告人に無罪を言い渡した第一審判決は,経験則の適用を誤った,というのが,今回の最高裁の決定です。

「経験則」というのは,手元の法律用語辞典によれば,「広く経験から帰納して得らえた知識,法則。日常生活から得られた一般周知の常識的なものから,専門の科学的研究によって見出された法則まで含む。」などと定義されていますが,今回の密輸組織の運び屋のケースは,専門の科学的研究など関係なく,上記①から⑤の推論が問題なわけで,常識的な経験の範疇だと思います。そうすると,今回の最高裁決定は,第一審の裁判員裁判は,「経験則の適用を誤った」と指摘しているわけですから,いいかえれば,「第一審は,常識はずれの事実認定をした。」と言っているに等しいように思います。ここまで言い切ってしまうと,言いすぎでしょうか。

いずれにしても,冒頭で指摘した死刑判決破棄のケースと併せ,今後,裁判員裁判の趣旨があらためてクローズアップされるように思います。

 

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(hy)

 

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